弓の力学 (2)

   第1章 弓の毛を張る

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 工学分野で使われる、材料力学の手法を 弓の解析に応用してみました 

弓の性能を支配する 材料の縦弾性係数と形状から決まる断面2次モーメント・・・とは 

材料の縦弾性係数と形状から決まる断面2次モーメント・・・とは

下の図4 スティックの撓みの計算式 その2 に示すように、棒状部材に荷重をかけた時の、荷重P と、撓みδ の関係を決める係数である。

 

弓の材料である、フェルナンブコ、ブラジルウッド、あるいは、カーボン複合材料 などの縦弾性係数 E の数値などは、文献を調べてみても、その数値は載っていない。 また、使われている材料の良否によって、その数値は変わると考えられる。

図4 スティックの撓みの計算式 その2

一方断面2次モーメント I の数値に関しては、材料力学では、上の図に示すように、I の数値を計算で求める公式があるが、この場合、断面の寸法・形状は、長さ方向に一様・・・として計算される。 しかし、実際の弓の場合、弓元径 d max が一番太く、中央径 d mid に向って徐々に細くなり、弓先径 d tip 一番細くなっているのが、通常である。

 

したがって、断面2次モーメント I の数値に関しては、弓中央の撓みが一番大きいので、中央径 d mid を使って近似的に計算することとした。

図5 スティックの形状

 


弓に荷重をかけ、実際の撓みを計測し、縦弾性係数を求める 

実際の弓に荷重を掛けて、その状態のスティック中央の撓みを計測してみることにしました。

 

上の図4 スティックの撓みの計算式 その2 に示したように、スティックの形状(丸か、角か・・・など)から断面2次モーメント I は予め計算で求められますので、スティック中央の撓みが分かれば、縦弾性係数 E の数値が分かる・・・という考え方です。

 

スティックの荷重−撓み測定装置は、図6 のようなものを作りました。 この程度の装置でも、スティック中央の撓みは 0.1mm 程度の精度で計測できますので、縦弾性係数 E の数値の精度は、オーダーを知るには全く問題ないと考えます。

 

念のために、スティック中央の撓みは、毛を張った状態と、毛を張らない状態の両方で計測しました。 荷重が大きくない場合は、どちらも同じ程度の値を示すはずです。

 

加えた荷重は、トレーニング用のバーベルの錘 1ケ を使いましたので、約520g でした。 下の写真をクリックしてご覧ください。

図6 スティックの荷重−撓み測定装置

確りした木製のベースの上に、毛長より 3-4mm 程度僅かに長い間隔で2つのブロックを置き、弓のヘッド部とフロッグのヘェルール(金環)部を載せます。

スティックの中央(正確には、毛の長さ分の中央)に、荷重台をクランプスクリューを締めて固定し、その上に錘(約520g)を載せます。

 

荷重台には目盛が貼り付けられています。 ベースの上にスケール(定規)を置き、錘を載せる前の目盛の数値と、錘を載せた状態の目盛の数値を読み取ります。

 

その数値の差が、スティック中央の撓みとして計測できます。 その計測結果を、下の表の(A)に示します。


撓みの計測結果から、縦弾性係数を求める 

ここに、10本のチェロ弓があります。  中には、実際の演奏には全く不向きな貧弱な弓も入っています。 中には、ドイツの弓製作の名工の手によるハンドメイドボウも含まれています。  さらに、最近の新素材であるカーボンファイバー製の弓も入っています。

 

これらに、更に数本のチェロ弓を加え、13本のチェロ弓でデータを採ってみました。

 

弓中央に、約520g の錘を載せ荷重をかけた時の、スティック中央の撓みは、下の表1(A)に示しました。

 

果たして、これからの解析で、これらの弓の性能の優劣が分るか・・・興味津々です。

表1 スティックの荷重−撓み計測結果と推定縦弾性係数 E     (寸法・撓み・E・I データより)

上の表において、材質 Pe・・・フェルナンブコ、  CFRP・・・カーボン複合材料、  Hw・・・ハードウッド、  Bw・・・ブラジルウッド

太さ (mm) の欄にある d, di などの数値は、 角弓や中空弓(Arcus)の断面2次モーメント I を求めるときに使用する数値である。

図7 荷重−撓み計算式と断面2次モーメント I の計算式

縦弾性係数 E の数値は、下記で計算した断面2次モーメント I の数値と、上記のスティック中央の撓み δ などの数値を左記の計算式に代入して求めた。
 

断面2次モーメント I の数値に関しては 、モーメントが最大で、撓みが一番大きい部分である、中央径 d mid を使って近似的に計算することとした。

丸弓の断面2次モーメント I は、左記で計算。

角弓の断面2次モーメント I は、左記で計算。 r = d ÷ 2
Arcus は、ドライカーボンという製法でカーボン繊維を 焼き固めて成形した中空の弓である。

Arcus Veloce は、丸弓であり、内部も中空の丸・・・と推定し(切断して調べる訳にもゆかないので)、次の値を用いた。 d = 9.6 mm   di = 8.5 mm  従って、弓を構成する肉厚は 約0.5 mm 程度と、大変薄いことが推定される。

Arcus Sonata は、角弓であり、内部は中空の丸・・・と推定し、次の値を用いた。
d = 10.1 mm   di = 8.4 mm  従って、この弓も、弓を構成する肉厚は 約0.5 mm 程度と、大変薄いことが推定される。


弓の材料の縦弾性係数の数値が分った・・・ 

Pe・・・フェルナンブコ  Bw・・・ブラジルウッド の弓の、縦弾性係数 E の数値は、概ね 2,500-3,000 (Kg/mm*mm) の値となった。

ウッドボウの最上級品の J.P.Gabriel G-30 は、3,100 (Kg/mm*mm) と、ウッドボウの最高値を示した。

CB-500 は、1,950 (Kg/mm*mm) と小さな値である。 これは、材料自身が柔らかいと推定される。

Hw・・・ハードウッドの弓の、縦弾性係数 E の数値は、概ね 2,000 (Kg/mm*mm) 前後の値となった。

ここで得られた数値を、機械工学便覧などに載っている一般木材のデータと比較してみる。

材料

縦弾性係数 E (Kg/mm*mm)

 すぎ 550-1,000
 ひのき 600-1,200
 あかがし 1,000-1,700
 けやき 800-1,500


これらの一般木材のデータと比較してみると、上で得られた弓材料の
縦弾性係数 E の数値は、概ね妥当なものと考えられる。

Arcus Bow は、ドライカーボンという製法でカーボン繊維を 焼き固めて成形した中空の弓である。 この弓は、軽さ・・・が最大の特徴ですが、縦弾性係数 E の数値は11,000 (Kg/mm*mm) と非常に大きなものとなりました。  スティック中央の撓み δ も、通常のウッドボウの半分程度で、弓のしなり が小さい ことを物語っています。

 

この、11,000 (Kg/mm*mm) という数値が妥当か否かを検証するために、こちらでご紹介しているCarbon Spike の縦弾性係数 E を計測してみました。 (14 参考の欄)

その結果は、Carbon Spike は 13,000 (Kg/mm*mm) という数値となり、Arcus Bow の数値は、ほぼ正しいと考えられました。

 

Carbow  Carbondix は、樹脂の中にカーボン繊維を混在させて成形した弓で、詳細な内部構造はわかりませんが、形状や強さをウッドボウに近づけることを狙って開発された弓です。 縦弾性係数 E の数値は、3,000 (Kg/mm*mm) 以上の値となり、最上級のウッドボウに迫る材料の強さであることを示しています。

スティックの材料の縦弾性係数E と、スティックの太さから決まる断面2次モーメントI が、大よその数値として分かりました。

 この数値は、本当に正しい値・・・でしょうか 

引き続き、別な観点から、縦弾性係数E と、断面2次モーメントI の数値を検証してみたいと思います。


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工房ミネハラ
Mineo Harada

Updated:2009/10/13

First Updated:2007/8/28