弓の力学 (3)

   第1章 弓の毛を張る

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 一つの見方だけでは、正しい数値は得られない・・・これが、エンジニヤリングの鉄則です。 

 そこで、 別な手法・・・振動工学 を 弓の解析に応用してみました 

スティックの振動モードと振動数を調べてみると・・・ 

機械工学便覧などには、(他の、振動工学の文献でも類似のものは紹介されている) 棒の横振動 の振動数を導き出す公式が紹介されています。 こちらをご覧ください。

 

この公式の中にも、縦弾性係数 E と 断面2次モーメント I の数値があることがわかります。

すなわち、棒のような部材が振動する時も、材料自身の強さを表す縦弾性係数 E と、断面形状から決まる曲げ強さを表す断面2次モーメント I の数値が振動数を決めるファクターとなっているのです。

 

したがって、スティックの振動の様子(モード)を調べ、振動数を調べることによって、縦弾性係数 E と 断面2次モーメント I の数値を検証することが可能となります。

 

すなわち、実際の弓で振動モードと振動数を計測して、その値と、前章の 表1 スティックの荷重−撓み計測結果と推定縦弾性係数 E で計測された縦弾性係数 E と 断面2次モーメント I の数値を、下記 図 8 スティックの振動モード・振動数計測概略図 に記載の振動数の計算式に代入して得られる振動数を比較することによって、縦弾性係数 E と 断面2次モーメント I の数値の確かさを検証することが可能となります。

 

では、実際の弓でスティックの振動数を計測してみましょう。 実測は、下記の図のように行います。

図8 スティックの振動モード・振動数計測概略図

スクリューを緩めて、フロッグを外します。 毛がスティックの振動を妨げないように、弛ませておきます。

 

スティックを指で軽く摘んで垂直に吊るします。 摘む位置は、計測したい振動モードのによって異なります。 1次モード(最も低い振動数)を計測する場合は、上から 約130mm 程度の位置となります。 これは、こちらで紹介している 両端 自由−自由 振動の節 の部分になります。

 

スティックの端から 30mm 程度の位置に、 ピエゾピックアップ  などの振動検出器(チューニングに使うチューナーに付属のピックアップなどで可)をはさみ、その出力波形をパソコンなどの波形・周波数解析装置で記録します。

 

上の図に示すような、打撃面にフェルトを貼った小さな  ハンマー  でスティックを軽く叩きます。 叩く位置も、上の図のように振動モードのによって異なります。

 

ハンマーでスティックを叩くと、スティックが振動して、その振動波形がパソコンなどの波形・周波数解析装置に記録されます。 耳の良い方なら、振動音を耳で聴いて、何の音程の音か・・・わかるかも知れません。

 

この計測では、スティックの振動を、 音の波形 として 周波数分析 のできる、Adobie Audition 2.0 で記録し、音に含まれている振動数を調べました。録音はこちらの機材を使用しております。

 

1次モードの振動数は、数十Hz の低い音ですが、2次モード・3次モードの音は結構高い音ですので、耳を澄ませば聴き取れるかも知れません。

 

どんな音が記録されたか・・・ちょっと聞いてみてください。  これらは、3本の違う弓で計測されたスティックの振動音です。 引き続き、解説をご覧ください。


スティックは良く振動することが分かった・・・ 

スティックは堅い材料で出来ていますので、はっきりとした振動モードが現れ、その振動数も明確に確認できました。

 

下のデータは、3本の違う弓で計測されたスティックの振動音です。

 

スティック振動波形には、5っの音が記録されています。 左から順に、一番はじめの音は、スティックの1次モードの振動音、二番目はスティックの2次モードの振動音、三番目はスティックの3次モードの振動音で、順に高い音になっています。

 

四番目と五番目の音は、別な解析に使用するために、弓の毛を張った状態で、スティックを叩いた時の振動波形です。(この章では調べません)

 

3本の違う弓・・・は、下に記載のように、ドイツの弓製作家が作ったフェルナンブコの丸弓 Sandner と  J.P. Gabriel G-30、超軽量カーボンファイバー製のArcus Sonata です。 

サウンドデータをお聴き頂けば一目瞭然と思いますが、3本の違う弓・・・では、Sandner と  J.P. Gabriel G-30Arcus Sonata の順に、音が高くなっていることがわかると思います。 結論的に言えば、その順で、材料の 縦弾性係数 E の数値や 断面2次モーメント I の数値が大きい・・・という事が言えます。

 

右側の、スティック振動の周波数分析には、左のスティック振動波形のカーソルがある位置で、その振動に含まれている周波数成分を表しています。 それぞれ、1次モード、2次モード、3次モードの振動の振動数を書き込んであります。

 

これからも、3本の違う弓・・・で、Sandner と  J.P. Gabriel G-30Arcus Sonata の順に、周波数が高くなっていることがわかると思います。

 

このように、スティックを叩いた時のスティックの振動を検出して、それの周波数分析を行うことによって、

スティックがどのような振動モードで振動し、その時の周波数(振動数)が幾らであるか・・・ということが、実験から分かります。

Cello Bow

材質

サウンドデータ

スティック振動波形スティック振動の周波数分析

Sandner

made in Germany

Pe
J.P. Gabriel
G-30

made in Germany
 

Pe
Arcus Sonata

made in Austria

CFRP

こちらの 表1 で取り上げた13本のチェロ弓全てで同様のデータを採ってみました。

 

その結果から得られた、各弓の1次モード、2次モード、3次モードの振動の振動数を、表2 スティック振動の振動数の実測値と計算値 の 実測値 (Hz) 欄に記載してあります。 サウンドデータをお聴きになり、確認してください。

表2 スティック振動の振動数の実測値と計算値

 


スティック振動の振動数を計算してみる・・・ 

上で、スティック振動の振動数を実測した目的は、こちらの 表1 で取り上げた13本のチェロ弓の、縦弾性係数 E と 断面2次モーメント I の数値を検証すること でした。

 

それでは、13本のチェロ弓の、縦弾性係数 E と 断面2次モーメント I の数値を、このページ冒頭の 図8 スティックの振動モード・振動数計測概略図 にある、スティック振動数 f の計算式に代入して、スティック振動数 f を計算してみましょう。

 

その計算結果は、上の 表2 スティック振動の振動数の実測値と計算値 の  1.25  欄の右に、各弓の1次モード、2次モード、3次モードの振動の振動数の計算値を表示しました。

 

その計算においては、考え方に一つ修正を加えた。 13本のチェロ弓の、縦弾性係数 E と 断面2次モーメント I の数値を求める計算において、スティックの太さは 中央 d mid の一様な太さの棒・・・と仮定して計算したが、

振動を考えた場合は、実際には、先端部にはヘッド部の重さが集中してあり、また、弓元は中央より太くなっているため、弓の両端部に質量がある程度集中していると考えられる。 従って、振動数は、中央 d mid の一様な太さの棒 の 計算値より低くなる  ことが予想される。

 

そこで、スティック振動数 f の計算において、下記のように、スティック重量を見掛上増加させる 重量係数 ρ という係数を導入した。

その値は、表2 スティック振動の振動数の実測値と計算値 の  1.25  欄にある、1.25 である。

 

ただし、Carbow と Carbondix (いずれも、樹脂の中にカーボン繊維を混在させて成形した弓) の場合は、 重量係数 1.00 である。

 

図9 スティックの振動モード・振動数計算式

 

表2 スティック振動の振動数の実測値と計算値 を見る限り、実測値と計算値は非常によく一致した値を示したことが分かる。

 

と言うことは、こちらの 表1 で取り上げた13本のチェロ弓の、

 

縦弾性係数 E と 断面2次モーメント I の数値 は、  信頼性のある値  であることが分かった。

スティックの材料の縦弾性係数 E と、スティックの太さから決まる断面2次モーメント I が、 信頼性のある値  であることが分かったので、

 その数値を使って、毛の張力を計算で求めて見ましょう・・・ 


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工房ミネハラ
Mineo Harada

Updated:2009/10/13

First Updated:2007/8/28