弓の力学 (6)

   第2章 弓の強さ・柔らかさを考える

red.gif (61 バイト)

 このページは、弓の扱い易さ ・・・の重要なファクターについて考えます 

 

弓中央から弓先にかけて震え易い

 

弓の強さは十分ですか・・・

それは、弓の性能に大きく影響しています。

 

あなたの弓の 強さ・柔らかさ・・・果たしてどれくらいでしょうか。

 

弓を置いたとき、なぜ震えてしまうのか・・・

チェロを習い始めた頃、先生から必ず注意されることがあります。  「必ず、弓を置いてから弾き始めなさい・・・」   これは、初心者にとって理解が難しいテーマです。 特に、弓先からアップで弾きはじめる時は、その意識が重要となります。

 と言うのは、 弓を置く  というのは、単に物理的に弓の毛を弦の上に載せる・・・ということだけで無く、スティックのコントロールを右手が完全に行った状態で弓を動かし始める・・・と言うことなのです。 弓の毛を弦に載せた瞬間には、弓は僅かながらでも、必ず微小な震動をしてしまう宿命を持っているからです。

 

このビデオをご覧ください (途中にノイズが有りますことをご容赦ください)

二つの弓で比較していますが、多少違いがあるように見えませんか。

 

ある程度腕前が上がってきた段階では、 「音の出をもう少しはっきり・・・」  とか、  「弓を飛ばして・・・」 など、意味不明 なご注意もあるかも知れません。 こんな時先生が使っているような  良い弓  であれば、何とかそれについてゆけるのですが、弓の性能が伴わない場合は、幾らその意識をもって弾いても、実際にそれを表現することが難しい・・・というのが現実ではないでしょうか。

 

この章では、弓が持つ 僅かながらでも、必ず微小な震動をしてしまう宿命 について考えてみたいと思います。

 

図15 弓の振り子振動 に示したものが、僅かながらでも、必ず微小な震動をしてしまう宿命 を図にあらわしたものです。

 

弓の毛の張力は弓自身の姿勢を支えています。 右手で加えられた荷重(圧力)が大きければ、弓自身は多きく姿勢を変え、逆に荷重(圧力)が小さければ姿勢の変化は小さくなります。 すなわち、荷重(圧力)に比例して弓の姿勢の変化の量が変わります。

 

すなわち、弓はバネ なのです。

 

一方、弓には必ず重さがあります。 重さのある物体がバネに結びつく と、そこには必ず 振動する要因 ができてしまいます。 図15 は、その関係を導き出したものです。 

図15 弓の振り子振動

この関係を解き明かすために、上の図に示したような 振り子バネ定数 k(x) というパラメーターを導入しました。 この値は、毛の張力 Tp と毛が弦に当たっている位置 x によって変わります。 演奏していて分かることですが、弓の元では弓の震えは起こり難く、弓中央から弓先にかけて震え易い と言うことは容易に理解できると思います。

 

弓の震え 特に、その振動数を解明しよおとすると、弓の重さや重心などから決まる 慣性モーメント Ib を知る必要があります。

 

慣性モーメント と言うのは、柱時計の振り子 が振れる時の振れの周期(1サイクルの時間)を決めているファクターと同じもので、重さのある物体を振り回した時にその重さの大きさを感じる数値です。 (ゴルフクラブのシャフトは、カーボンの方が軽くて、振り回し易い・・・などと言うのと同じです。カーボンシャフトのクラブの方が慣性モーメントが小さいのでしょう)

 

 

 

 

 

柱時計の振り子 の場合と同じように、弓を振り子運動させることによって、その 慣性モーメント Ib を計測することが出来ます。 弓の回転中心と考えられるフロッグのヘェルール(金環)部にV溝付きのゴムパッドを挟み込んで、それを、壁などの確りした所に固定されたボールベアリングに載せて、弓を振り子運動させます。 ボールベアリングを使用するのは、回転時の摩擦を減らして、精度よく振り子運動の周期を計測するためです。 このビデオをご覧ください

 

10回程度の振り子運動の時間をストップウォッチで計測し、1サイクル当たりの時間 T (sec) (振り子運動の周期)を算出します。 その値を、弓の重量 W と 重心までの寸法 lG と一緒に計算式に代入することで、弓の 慣性モーメント Ib を計算で求めることができます。

 

振り子バネ定数 k(x) は毛張力から計算で求めることができるが、ここでは、下図の方法を用いて、実際に弓の毛を張った状態で実測することとした。

図16 振り子振動の先端バネ定数計測法

実測された、振り子バネ定数 k(x) と、弓の振り子運動の周期 T (sec) を計測して求めた 慣性モーメント Ib の数値を用いて、弓の振り子振動 の振動数 fo を計算で求めた。

 

その結果を、表 5  (計算結果) fo 振動数 (Hz)  欄に示した。

 

上の、図15 弓の振り子振動 に示した様に、振動数 fo は、弓の毛の弦に当たっている位置 x によって変わり、その 振動数比 C は、 x=0.5 の値を 1 とした場合、 x=0.25 の時は 1.73x=0.75 の時は 0.58 という比になると考えられるが、実測値の振り子バネ定数 k(x) と、慣性モーメント Ib から計算された 振り子振動 の振動数 fo は、ほぼその比に近い値となり、実測された値は、ほぼ正しいものと考えられる。

 

すなわち、弓の振り子振動の振動数 fo は、 弓先にゆくほど、振動数が高くなる  ・・・という性質があることが分かった。


図17 振り子振動の振動数 (計算値)

このグラフを見ると、それ程顕著な差ではないものの、弓によって振り子振動の振動数 には差があることが分りました。

これは、 スティックの強さに起因  している・・・と考えられます。

 

この差が弓の性能にどのような違いをもたらすか・・・は、別な章で検討することとします。

表5 弓の振り子振動 の振動数 fo 計算結果 ・・・表データ
 

    この表を印刷する場合は、この表データページを開き、ブラウザーの<ファイル><印刷プレビュー>で、用紙1ページに収まる縮小率を指定すれば全体を縮小して印刷できます。( 例・・・A4横、縮小率 40% )


スティックの振動を実測する・・・さらに何かわかることを期待して・・・

上で述べたように、振り子振動の振動数 fo は、計算によって求めることが出来たが、その値が実際に正しいか・・・それを検証する目的と、更に、スティック自身にはどのような振動が発生しているか・・・を確認するために、スティック振動計測装置 を製作して、それらを実際に計測してみることとした。

 

振り子振動 と言う現象は、このような振動のことを言います。 このビデオをご覧ください

 

図18 スティック振動計測装置概略図 を示す。

図18 スティック振動計測装置概略図・・・ここにご紹介しているものは、原理試作装置ですが、計測精度の再現性・信頼性は検証済みです。

ベースの上の二つのブロックの上に、毛を張った状態の弓を置く。 一方は、フロッグのヘェルール(金環)部を載せ、フロッグ部が浮き上がらないように 約 150 gr の力で、荷重点にあたる位置をゴムバンドなどで押さえておく。

 

もう一方のブロックは、弓の毛が弦に当たっている位置 x に 相当する x=0.25 x=0.5 、 x=0.75 の位置に 、測定毎にそれぞれ変える。

 

振り子振動の振動数 fo を計測するフォトセンサーは弓のほぼ中央部に配置する。 スティック自身の振動を検出するクリップ式のピエゾピックアップはスティックのスクリュー端に挟む。

 

フォトセンサーからの信号は、下に示したフォトセンサーアンプを経由して、波形記録装置に入力する。

 

スティック自身の振動を検出するピエゾピックアップの信号は、直接波形記録装置に入力する。

 

波形記録装置は、2チャンネル(ステレオ)のデジタルオーディオレコーダーを用いた。 Lチャンネルにピエゾピックアップの信号、Rチャンネルにフォトセンサーアンプからの信号を入力し、同時に波形を記録する。 装置全体は、ノイズを低減するために接地(アース)処理を行う。

 

上の写真にある小型ハンマーでスティックの所定の位置を軽く打撃する。 すると、弓全体の振り子振動 と スティック自身にも振動が誘起され、それぞれのセンサー(ピックアップ)に電気信号が発生し、波形記録装置で記録される。

 

波形記録装置の出力を光デジタルケーブルでパソコンに接続し、スティックの振動を、 音の波形  として 周波数分析  のできる、Adobie Audition 2.0 で記録し、音に含まれている振動数を調べた。 録音はこちらの機材を使用し た。

 

以上が、スティック振動計測装置の概要と計測方法です。

 

この方法での計測結果を下にデータを示します。

 

3本の違う弓・・・Sandner と  J.P. Gabriel G-30Arcus Sonata での例を示します。 

 


上記の方法での計測結果を下にデータを示します。

 

3本の違う弓・・・Sandner と  J.P. Gabriel G-30Arcus Sonata での例を示します。 計測は、x=0 x=0.25 x=0.5 、 x=0.75 の4ヶ所で行ってあり、その順で表示されています。 振動波形 の上段は Lチャンネルに記録された スティック自身の振動波形です。 サウンドデータの音を聴いて頂けば、音程感のある音が聴こえると思います。

 

振動波形 の下段は Rチャンネルに記録された 振り子振動 の振動波形です。 振り子振動 は、x=0 では発生しませんが、別な観点でのデータとして記録してあります。 Rチャンネルの振り子振動 サウンドデータは、x=0 のところは音として聴き取れますが、x=0.25 x=0.5 、 x=0.75 のところでは、振動数が低すぎて、人の耳には音としては聴き取れません。 それぞれの弓のデータの下段の写真は、x=0.5 のところのカーソルのある位置の時間軸を引き伸ばして表示したものです。 振り子振動 の振動数(周波数)は、右に示したAdobie Audition 2.0 の周波数分析機能を使っては調べられないので、 振動波形 において、例えば、時間軸 1 sec における振動波形の山の数 を数えることで、振動数を求めました。


振り子振動の振動数 fo のみを計測するのであれば、周波数カウンターを使うのが最も簡単な方法です。

弓振動計測システム

フォトセンサーアンプ からの Output を 周波数カウンターに直接入力します。 小型ハンマーでスティックの所定の位置を軽く打撃すると、約10秒程度で、周波数カウンターが自動的に振り子振動の振動数 fo を計測して、パネルにその値を表示してくれます。

 

周波数カウンターによる振り子振動の振動数 fo の計測結果の一例を 表6に示します。

 

Cello Bow

材質

サウンドデータ

振動波形振動の周波数分析

Sandner

made in Germany

Pe

J.P. Gabriel
G-30

made in Germany
 

Pe

Arcus Sonata

made in Austria

CFRP

上記の方法で、13本のチェロ弓の 振り子振動 の振動数 fo を実測した値を、x=0.25 x=0.5 、 x=0.75 について求め 、図17−2 振り子振動の振動数 (実測値) と、表5 弓の振り子振動 の振動数 fo 計算結果  の中の、(実測値) 欄に示してあります。  この計測は、2回にわたって行いましたので、その平均値も示してあります。 

 

(実測値) の 振動数比 C も、 xによる理論的な振動数比C に近い値を示しており、実測された 振り子振動 の振動数 fo の値は、信頼性のあるデータと考えられます。

 

上の表5 は、大きく、比較がしにくいので、 振り子振動 の振動数 fo の (計算結果) と (実測値) のみを、下の表 6に再表示しておきます。 

 

(計算結果) と (実測値) は、ほぼ一致した値を示していると考えられます。

 

上に示した3本の違う弓 では、x=0.5 における  振り子振動 の振動数 fo  は、 15 Hz  以上の値となっており、他の弓の中にも、その程度の数値を示したものは幾つかありますが、 15 Hz  に満たない弓も見うけられます。

 

この数値は、弓の性能を左右する値になると考えられます。 詳しくは、別な章で検討します。

 

図17−2 振り子振動の振動数 (実測値)

表6 振り子振動 の振動数 fo の (計算結果) と (実測値)

  Cello Bow 材質 形状 先から
位置
x
(計算結果)
fo
(Hz)
Adobie
Audition 2.0

(実測値)

平均値
fo
(Hz)
周波数カウンター

(実測値)

平均値
fo
(Hz)
1 Sandner  

Pe

 

0.00   53.5
0.25 26.6 25.9
0.50 15.9 15.4 15.8
0.75 9.3 9.3
2 Arcus
Veloce
 

CFRP

 

0.00   87.5
0.25 27.9 28.8
0.50 16.6 16.1 16.5
0.75 9.9 9.7
3 J.P.Gabriel
G-30
 

Pe

 

0.00   54.0
0.25 28.2 28.6
0.50 16.6 16.8 17.0
0.75 9.9 9.8
4 J.P.Gabriel
G-18
 

Pe

 

0.00   49.5
0.25 26.0 26.3
0.50 15.8 16.0 16.2
0.75 9.4 9.5
5 AC-30  

Hw

 

丸 

0.00   50.5
0.25 20.0 20.3
0.50 11.7 11.6

12.1

0.75 7.1 7.0
6 CB-150  

Hw

 

0.00   48.0
0.25 24.2 23.2
0.50 14.1 13.8

13.8

0.75 8.4 8.2
7 CB-200  

Bw

 

0.00   54.5
0.25 23.8 24.7
0.50 13.6 14.5

14.5

0.75 8.1 8.7
8 CB-380  

Pe

 

0.00   52.5
0.25 26.3 26.1
0.50 15.2 15.4 15.3
0.75 9.1 9.1
9 CB-500  

Pe

 

0.00   52.5
0.25 24.0 23.3
0.50 14.4 14.1

14.0

0.75 8.6 8.6
10 RC-16  

Pe

 

0.00   55.0
0.25 24.8 24.3
0.50 14.7 14.7

14.7

0.75 8.8 8.7
11 Carbow  

CFRP

 

0.00   53.5
0.25 30.0 29.8
0.50 18.2 17.4 17.9
0.75 10.6 10.5
12 Carbondix  

CFRP

 

0.00   54.0
0.25 26.6 27.1
0.50 15.5 16.2 15.4
0.75 9.2 9.6  
13 Arcus Sonata  

CFRP

 

0.00   92.0  
0.25 27.5 29.8  
0.50 16.3 16.4 16.9
0.75 10.1 10.0  

Adobie Audition 2.0 による 実測値と、周波数カウンター による 実測値は、殆ど一致する結果が得られています。

 

余談ですが・・・ここで、敢えて  15 Hz 以上の値 という数値を、一つのスレッシュホールド値として説明したのは、

 

以前、どこのホームページであったかは、忘れてしまったのですが、Arcus Bow について、

普通のウッドボウの揺れの振動数は、 15 Hz  程度の低い値であり、右腕自身の振動の周波数と一致してしまい右手のコントロールがし難い・・・

それに対して、Arcus Bow は、その値が  90 Hz  程度と高いので、右手のコントロールがし易い・・・

と言うコメントを読んだ記憶があります。・・・ このコメントには、大きな誤りがあると、私は思います。

 

と言うのは、Arcus Bow のデータの中に、確かに 87.5 Hz    92.0 Hz  と言う数値はあります。 これは、振り子振動 の振動数 ではなく、スティック自身の振動数ですので、右手のコントロールのし易さを、この数値で直接比較しているのは、私は間違いだとおもいます。

 

 

とは言え、Arcus Bow 振り子振動 の振動数 も、 15 Hz 以上の値 ですので、私は、右手のコントロールがし易い・・・と思っております。

 少し長くなりましたので、この続きは次章以降とします・・・ 


この続きは、続き( 7)をご覧下さい

目次に戻る

弓の力学 続き (7)


menu.gif (338 バイト)


工房ミネハラ
Mineo Harada

Updated:2009/10/13

First Updated:2007/8/28