ギターボディー 振動の力学 (11)

 第11章 ウルフトーンはピッチ変動も引き起こす

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 前章 までは 所謂、ウルフトーン  メリット・ディメリット などを見てきましたが、もう少し関連があるようです 

こちらでご紹介しております  MTS  TM をインストールしている時に、

 

あるポジションの音だけが、異常に  ピッチ  が 上がり過ぎたり 、あるいは、 下がり過ぎたり  する音が有ります。

 

このような、 ピッチの微小変動現象  も、この ウルフトーン  に関係が有るのではないか・・・と言う疑問から、少し調べてみました。

 

結果としては、矢張り大きな関連性があることが分かりました。


ピッチの微小変動・・・とは、どんなものしょうか・・・  

始めに、下のデータをご覧下さい。 このデータは、このギターの、 MTS  TM インストール前の ピッチの狂い Before (CENT)  をグラフに示したものです。

このギターのサウンドデータは有りませんが、このギターの 共振点 モード  は、上のグラフに記入したようなモードが有る事は分かっております。

フレットの打ち込み精度などは狂っていませんので、 ピッチの狂い  は、本来で有れば、茶色の太線 のように、ある傾向を示して連続的に変化するはずです。

 

例えば、

■#4 弦の#9, #10, #12 フレットでは、狂いが 0 セント(これは望ましいとはおもいますが)ですが、 

★サドルの位置関係からは、茶色の太線 のように、マイナス数セント の値になる筈です。

■#6 弦の#5, #7, #9フレットでは、狂いが +13 セント、+11 セント、+8 セント と、突然大きく跳ね上がっています。

★サドルの位置関係からは、茶色の太線 のように、0 から 若干マイナス の値になる筈です。

 

このような現象を既に感じておられる方は多いかも知れません。

上のギターの場合、予測外の  ピッチの狂い  が発生してるポジションは、 共振点 モード  のポジションと深い関係が有るようなデータとなっています。


このシリーズのデーター事例として来た、  Yamaha  LS36 に於いても、全く同様の現象は観測されています。

下のデータは、このギターの、 MTS  TM インストール前の ピッチの狂い Before (CENT)  をグラフに示したものです。

このギターに於いても、例えば、

■#4 弦の#7, #9, #12 フレットでは、狂いが +4 セント と突然大きくなっています。

★サドルの位置関係からは、茶色の太線 のように、0 から 若干マイナス の値になる筈です。

■#5 弦の#12フレットでは、狂いが 0 セントと、その前のフレットの傾向に対して、突然大きく跳ね上がっています。

★サドルの位置関係からは、茶色の太線 のように、マイナス数セット の値になる筈です。

 

このギターの、 MTS  TM インストール前のピッチのシミュレーションデータは、こちらのページでご紹介しています。

 MTS  TMシミュレーションデータは、こちらのページでご説明しております。


何れのギターの場合も、サドルの位置関係から推測される ピッチの狂い  が、 共振点 モード  のポジションと深い関係が有る事が分かりました。


共振点は、ピッチの微小変動を本当に起こすのでしょうか・・・  

始めに、下のグラフをご覧下さい。

これは、 共振点 モード  のポジションが分かっている3台のギターについて、 #4  弦の開放弦から、 #12  フレットまで、1オクターブの音の ピッチの狂い  を測定した物です。

3台のギターとは、このシリーズのデーター事例として来た、 Yamaha  LS36

こちらのページの、AXL AG-705 Gibson J-35  です。


測定方法をご紹介します。

 

Adobie Audition 2.0 と言う音楽編集のソフトには、周波数分析 と言う機能が付いてい る事は、既に何回も出てきています。

音の波形 にカーソルを合わせると、そこの時点の音に含まれている音の周波数を別なウインドウに表示してくれ る機能です。

下の画像をクリックしてください。大きくご覧いただけます。

私は、常日頃は、周波数分析のウインドウでは、FFTサイズ 8192 Blackmann-Harris  と言う状態で使用していますが、

 

今回、上のグラフのデータをとるに当たって、FFTサイズ 65536 Blackmann-Harris  を使用しました。 この状態では、音の周波数の波形のように、ピーク値を非常に精度良く、鋭く表示することが出来ます。

 

鋭く尖った山のピークの周波数が、ウインドウの上の、赤い枠 で囲った部分に表示される仕組みです。 この写真の例では、G3#+15 となっていますので、 G3#  の音が、 15  セント 狂っている・・・と言うことを示してくれています。

 

実際の測定は、弦を ピッキングした直後   0.05 秒  のポイント、  0.15 秒  のポイント、  0.25 秒  のポイント (この写真の例) 、の3箇所で計り、その平均値でグラフを描いています。


そのデータが、下のグラフです。

何れのギターの場合も、 共振点   モード (0,0) ポジション を境にして、ピッチが、 マイナス から  プラス  に 突然変化 することがわかりました。

 共振点   モード (0,0) ポジション より上のフレットでは、 プラス  側への ピッチの狂い  が、暫く続くようです。

 

このデータが、ギターの全てを物語る・・・と、断定は出来ないかも知れませんが、形・サイズ・材質などの違う、3台のギターが同じ傾向を示す・・・と言う事は、 共振点   モード (0,0) と、 ピッチの狂い  に関係がある・・・事だけは、事実と思われます。

 

今まで、経験的に疑問になっていた、フレット精度などからは説明の付かない、予測外の  ピッチの狂い  が発生するポジションがある・・・と言う事が、分かったような気がします。

 

但し、ここでご紹介した Adobie Audition 2.0 音楽編集ソフト による計測方法と、通常市販されている、例えばこちらでご紹介しているような、チューナーとは、音の周波数を計測するアルゴリズムが違うと考えられますので、上のグラフに示されている ピッチの狂い  の数値は、チューナーで示される値とは違うと考えられます。 通常市販されている、チューナーの場合は、音の周波数を検知する時間を長くしていると考えられますので、上のグラフの数値より小さな値になると思われます。

 

ここで、ご紹介したのは、あくまで、 共振点   モード (0,0) ポジション を境にして、ピッチが、 マイナス から  プラス  に 突然変化 する・・・と言う事実があることをご紹介したものです。


共振点 前後で、何故ピッチの微小変動を起こすか・・・  

これも、矢張り大変難しいテーマですが、こちらでご紹介した 共振点   モード (0,0) 、あるいは、その付近での弦の振動の周波数成分は、弦の振動 の中から消えてしまう・・・という事をご紹介しましたが、

 

上でご紹介した、 共振点   モード (0,0) ポジション を境にして、ピッチが、 マイナス から  プラス  に 突然変化 する・・・と言う現象も、振動工学的に考えると、全く同じ要因で発生している現象と考えられます。 数式や理論的に説明すると、誠に複雑で専門的になってしまいますので、ここでは、概念的に、図などを使ってご説明致します。

 

ギターの振動系モデル において、サウンドボードの振動系 が 弦の振動系 に及ぼす影響について、質量 と言う観点からみてみましょう。

 

簡単には、

 

質量 が大きければ、振動数は低い
 

質量 が小さければ、振動数は高い

 

を頭において下さい。

 

弦の振動系 

例えば、一本の材木の上に弦を張っても、その弦を弾けば、弦は振動して音を出します。

そのような弦の振動は、自由振動 と呼ばれます。

しかし、それでは大きな音が出ないので、実際のギターは、サウンドボードを持ったボディとネックに弦が張られています。

サウンドボードの振動系

サウンドボードは、特に振動しやすい材料で最適な構造に作られていますので、それ自身でも振動する性質を持っています。

しかし、サウンドボードは、弦が振動しなければ、振動しません。
(注) 近くでくしゃみをすると、サウンドボードが鳴ることも有りますが。

従って、サウンドボードは、弦の振動によって強制的に振動させられている・・・すなわち、強制振動させられることになります。

このような、2っの振動系が繋がっているものは、2自由度振動系と呼ばれます。左の絵をご覧下さい。


弦の振動系はサウンドボードを一所懸命に振動させようと・・・頑張ります。

弦(自分)の振動がゆっくりしている時は、上に重い物が乗っかっている・・・と感じ、質量が大きくなったと思い、弦自身の振動数は低くなってしまいます。

一方、弦(自分)の振動が元気良く、物凄く早くなると、バネを介して上に乗っかっているサウンドボードは、動きに追従できないので、弦自身は、サウンドボードの重さを感じなくなります。弦自身は、質量が小さくなったと思い、弦自身の振動数は高くなります

以上は、たとえ話ですが、

2自由度振動系には、振動数に依存して変化する質量 と言うものが有ります。

弦自身から見ると、振動数に依存して変化するもう一つの振動系の質量 は

 等価質量  と呼ばれます。

 

次は、 等価質量  が、サウンドボードの共振点 の振動数の前と後で、どのように変化するか・・・を考えてみます。


弦自身から見た時、
振動数に依存して変化するもう一つの振動系の質量 は 等価質量  と呼ばれますが、

それは、左の絵のように、弦の振動系によって、強制的に振動させられるもう一つの振動系・・・この場合、サウンドボードの振動系の共振周波数によって、劇的に大きく変化します。

この理由を説明すると、振動工学を全部説明しないと出来ませんので、ここでは、「そういうものだ・・・」と鵜呑みにしてください。

上のこのグラフをご覧いただきながら、左の解説を読んでみて下さい。

Yamaha  LS36 の例で説明します。

 D3  の音から弾きはじめていますが、 E3  の音辺りから、
モード (0,0) 共振点の影響を受け初めているようです。

左の説明の、

(1) の部分は、
モード
(0,0)
共振点  G3#  より低い周波数の音の場合です。

低い方から、
共振点  G3#  に近付くに従ってピッチはどんどん低くなって行きます。 すなわち、共振点  G3#  に近付くに従って、 等価質量  として作用するサウンドボード系の質量 が段々大きくなって行った結果、弦に大きな質量が付加されたことになり、弦の振動数が下がったものです。


(3) の部分は、
モード
(0,0)
共振点  G3#  より高い周波数の音の場合です。

モード (0,0) 共振点  G3#  は、正確には、 G3#  より、-23 セント に計測されていますので、弦の振動数 G3#  は、既にモード (0,0) 共振点  G3#  を僅かに超えたところに有ります。

このグラフでは、その音のピッチが、マイナス から  プラス に突然変化 しています。

すなわち、モード (0,0) 共振点  G3#  を超えた瞬間に、 等価質量  として作用するサウンドボード系の質量 が、大きくマイナスして、見かけ上、弦の質量が減少したようになったため、弦の振動数が上がったものです。


それより上の音の
(4) の部分は、
 B3  から  D4  辺りの音の部分で、 等価質量  が、ゼロ0に向かって増えて行くので、弦の振動数は、共振と全く関係のない、弦の振動数に戻ったものです。

このように、モード (0,0) 共振点 を挟んで、ギターから発せられる音のピッチが、マイナスからプラスに大きく突然変化するこのグラフの実験結果は、左の絵の振動工学の理論と良く一致する結果となりました。


こちらでご紹介した 共振点   モード (0,0) 、あるいは、その付近での弦の振動の周波数成分は、弦の振動 の中から消えてしまう・・・と言う現象は、

左の絵の、(2) の状態に当たります・

 

(注)説明を簡素化するために、弦の振動系とサウンドボードの振動系から構成される、2自由度振動系としいいますが、

実際には、サウンドボードの振動系は、もっと沢山の振動モードがありますので、多自由度振動系となっています。

ギターの場合、モード (0,0) 共振が最も支配的であることから、2自由度振動系として説明しました。

 

ピッチが、 マイナス から  プラス  に 突然変化 する・・・と言う現象は、上のこの事例のように、モード (0,0) 共振 点と、モード (0) 共振 点の両方の共振点で発生していますが、弦の振動系に対して、モード (0,0) 共振の2自由度振動系、 弦の振動系に対して、モード (0) 共振の2自由度振動系 に分けて考えれは、2自由度振動系の近似で何れも説明が付くと考えております。 


共振点 前後での、音の強さ・・・について  ・・・2自由度振動系のモデルで、もう一度考えて見ます。

こちらで、

共振点 付近で 音が詰まった・・・余韻の無い音  となってしまう現象は、振動工学で扱う ダイナミックダンパー Dynamic Damper と言う概念・・・と説明しましたが、

上で、事例として説明しました、2自由度振動系 に当てはめて考えると、その原理はより正確に理解出来ます。

 

少なくとも、下の 音の波形 のように、共振点 を挟んで、音の強さ も劇的に大きく変わります。 この現象も、全く同じ原理です。


 

下の絵は、 サウンドボードの共振点 を挟んで、弦の振動の振幅 (音の強さ) がどのように変化するか・・・を説明したものです。

2自由度振動系のモデルでは、

1次系・・・この場合、弦の振動系

に連結されている

2次系・・・この場合、サウンドボードの振動系 の共振周波数の前後に、

1次系 の 弦の振動系 に、

共振ポイントが、2っ現れる・・・と言う現象が有ります。

共振ポイント で は、音の強さ が大きくなるのは、当然のことと理解出来ますが、ミクロに見た場合 は、どのような現象が発生しているのか・・・が、このテーマです。


上に示した、Yamaha  LS36 の、 #4  弦の12ケのサウンドは、音の強さ が大きく変化しています。

このギターのサウンドボードには、モード (0,0) 共振点が  G3#  付近にあることは、既に分かっています。


左の、(1) の説明のように、
モード
(0,0)
共振点  G3#  より低い周波数では、 G3#  に近付くに従って、音の強さ は大きくなってゆきます。 ミクロには、 G3  辺りが最大になっていると思われますが、音の波形だけからは、差は分かりません。

左の、(2) の説明のように、
モード
(0,0)
共振点  G3#  より高い周波数では、 G3#  から離れて行くに従って、音の強さ は小さくなってゆきます。 


問題は、左の、(3) の説明の部分です。

特に、  G3#  の音が、音が詰まった・・・余韻の無い音 となっていることは、既に色々な角度から説明してまいりました。

すなわち、2自由度振動系の典型的な現象である、

ダイナミックダンパー が、この音に強く働いてしまったために、ウルフトーン となってしまったものです。

正確には、
ダイナミックダンパー が、音の波形に含まれる特定の周波数成分に作用したために、その周波数成分の振動が止まってしまい、音が詰まった・・・余韻の無い音 となったものです。

このように、ウルフトーン の発生原因も、2自由度振動系の理論的な裏づけで説明することが出来た・・・と考えます。

このページでご紹介した振動工学理論はSHOCK and VIBRATION HANDBOOK, McGRAW-HILL 1960     から引用しました。


以上、様々な角度から、ギターボディの振動と、その影響について見て参りましたが、この話も、そろそろ終わりに近付いてきました。

 

 それじゃ・・・、如何したら、 ピッチも安定したギターは作れるの・・・

それ は、また、別なテーマで考えたいと思っております。 


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Updated:2007/2/14