ギターボディー 振動の力学 (7)

 第7章 Top(表板) の共振モードは何で決まるか

red.gif (61 バイト)

 前章では  ギターの表板(Top)には 幾つかの 共振モード があることが分かりました 

 共振点  の 振動モード は このように考えました・・・ 


下のアニメーションは、クリックすると大きくご覧いただけます。 アニメーションに動きがない場合は、ブラウザーの<更新>ボタンを押して下さい。

アニメーション モード名 振動の様子 このギターの Top 共振点    Top 共振点の振動数  
モード (0) サウンドホール辺りを最大にして、

表板(Top) が上下に激しく振動する

G#2 103.8 Hz
モード (0,0) 表板中央部・ブリッジ辺りを最大にして、

表板(Top) が上下に激しく振動する

G#3 207.7 Hz
モード (1,0) ブリッジを境にして、

表板(Top) の上半分と下半分が交互に上下に振動する

G#4 415.3 Hz

高次のモード 表板(Top)の特定の部分が振動する F#5 など 740.0 Hz

 

 ギター表板(Top)には、共振点がある事が分かりました  が、

 

モード (0)、モード (0,0)、モード (1,0) などの

 

共振点は、何故現れるのでしょうか・・・それは、良い事なのでしょうか・・・まだ疑問は残っています・・・

 

と言う状態でした。

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この章では、それを解明するために、大胆な仮説 を立て、また、近似的な計算などを交えて進めます。 それを、実験によって裏づけの検証をする・・・

このような手法が、工学的なアプローチだと考えております。


表板(Top)の共振周波数のオーダーを探る  

オーダー・・・とは、何でしょうか。 それは、ピッタリ、正確な数値ではなくとも、ほぼ、その現象を説明できる数値の値のことを言います。

 

叩けば分かる 共振周波数・・・  を思い出して下さい。

共鳴胴 の振動数・・・  を、表板Top) を叩いて調べました。

 

Yamaha の表板Top) を叩いた時の 音の波形 を 周波数分析 すると、下の画像のような結果が得られました。

 

音程と周波数の対比

表板Top)  共振周波数は、 107 Hz   205 Hz   371 Hz   441 Hz  と計測されました。

実際は、もっと上の周波数も有りますが、省略します。

 

この、タップトーン (叩いた時の音) に現れた、最初のピークの周波数  107 Hz  や 二番目のピークの周波数  205 Hz  と、

上の表の モード (0)  103.8 Hz   や モード (0,0)  207.7 Hz  は、殆ど一致した値・・・と言っても良いでしょう。

 

表板(Top) を叩いた時にでる音(タップトーン) の周波数分析から得られたピークの振動数と、

実際にギターから出ている 大きな音 の振動数は、ほぼ一致していることは、既に分かっています。


また、タップトーン の周波数と、 Top 共振点  の周波数が殆ど一致している・・・と言うことは


タップトーン は、 表板(Top) の 共振  によって発生しているのでしょうか・・・

最初のピークの周波数  107 Hz  や 二番目のピークの周波数  205 Hz  も、同じメカニズムなのでしょうか。

それを検証しましよう。

 

 表板(Top) の 共振周波数 (振動数) を 試算してみましょう・・・ 

ギターのような、瓢箪型をした板の共振周波数を計算で求めるの至難の技・・・です。

四角い形をした板・・・であれば、共振周波数を凡その値で計算する計算式などが、「機械工学便覧」などに紹介されています。 それを使って、オーダーを検証してみましょう。

計算式や計算方法は、このように紹介されています。 ご覧下さい。

  このギターのサイズは、A=280mm,B=380mm, C=490mm, D=120mm ですので、

a=490mm (49cm), 平均 b=300mm (30cm) の 長方形の表板と仮定して、

この計算式に値を代入して、振動数 f Hz を計算してみました。

 

その結果は、振動数 f= 212 Hz という値が得られました。

 

この値は、

タップトーン (叩いた時の音) に現れた 二番目のピークの周波数  205 Hz  や、

共振点 モード (0,0)  207.7 Hz  と非常に近い値となりました。

 

と言うことは、

 

表板(Top) を叩いた時にでる音(タップトーン) の二番目のピークの振動数 205 Hz

 表板(Top) の 板の共振   から発生していると考えられる。


また、 表板(Top) の 共振モード  (0,0)  も、 表板(Top) の 板の共振   である。

といえるでしょう。 ・・・その検証は、後ほど行うこととします。


表板(Top)の共振点には、もっと低い周波数がある・・・なんでしょうか  

タップトーン (叩いた時の音) に現れた、最初のピークの周波数  107 Hz  や表板(Top)の共振点 モード (0,0)  103.8 Hz  は、上のオーダー計算では現れてきませんでした。

共振周波数をこのように低くしている物は、何でしょうか。

 

ギターの表板(Top) には、サウンドホール として、大きな穴が開けられています。 サウンドホール と言うのですから、音を出す穴・・・なのでしょう。

そうです。 このサウンドホール が、表板(Top)の共振周波数を低くして、低音でも大きく響くようにしている・・・と考えられます。

・・・そんなの、当たり前じゃない・・・と言わないで、この先も読んで下さい。

 

このような、空気の穴 を利用して共振を行わせるものは、ヘルムホルツ共振 Helmholtz Resonant と呼ばれています。

振動の原理は、下の絵のようなものです。

ヘルムホルツ共振 Helmholtz Resonant に関しては、The University New South Wales, Sydney, Australia のホームページに詳しい解説や、ギターの胴の共振周波数の計算方法などが説明されています。(但し、英文)

ここでは、それを引用させていただき、 Yamaha の 共振周波数を探ってみました。

内容積の値は、いちいち実測するのは大変面倒なことなので、下図のような近似計算式を勝手に作り、17.3 liter の数値を使用しました。

Yamaha の 場合、方眼紙にギターの形を写し取り、面積を測って、その値から内容積を求めた実測値(16.5 liter) とほぼ一致することが分かりましたので、オーダーを求める近似計算では問題はないと思われます。

ヘルムホルツ共振 の計算式に、右の表の値を代入して

振動数 f Hz を計算してみました。

 

その結果は、Yamaha の 場合、振動数 f= 125 Hz という値が得られました。

 

この値は、

タップトーン (叩いた時の音) に現れた 最初のピークの周波数  107 Hz  や、

共振点 モード (0)  103.8 Hz   とは、少し違いがあるとおもいますが、

オーダー的には、非常に近い値を示していると思われます。

 

 ここで、一つの仮説を立てます・・・ 

ヘルムホルツ共振 の計算結果 振動数 f= 125 Hz と、実際のタップトーン (叩いた時の音) に現れた 最初のピークの周波数  107 Hz  や、共振点 モード (0)  103.8 Hz   が異なった値になりました。

ギター胴の中の空気は、上の式で、内容積や開口面積などから決まる振動数で共振するのではなく、表板(Top) の共振周波数と関連を持った値で共振するのではないか・・・と言う仮説です。

上の、ヘルムホルツ共振 周波数 の計算式は、「ビール瓶を吹く」事例でも示されているように、例えば、ガラス瓶のような硬い物体で出来たものに入っている空気の共振周波数を計算しています。

 

しかし、ギターの場合、中の空気を閉じ込めているものは、表板(Top)、裏板(Back)、サイド など、特定の振動数の時には共振を起こす振動する物体で出来ています。 少なくも、この章の前半で検証したように、表板(Top)は、共振点 モード (0,0)  207.7 Hz  付近の振動数で共振することが分かっています。

従って、中の空気も、これ等の振動体と一緒になって共振を起こす・・・と考える事の方が自然です。

 

表板(Top)が、 207.7 Hz  付近の振動数で共振する・・・ということは、工学的には、その 1/2の振動数や、2倍の振動数でも振動し易い・・・と言うことがいえます。

実際に、表板(Top)の共振点 モード (1,0)  415.3 Hz の共振は、 207.7 Hz  の2倍の振動数で発生しているものです。

 

であるとすれば、共振点 モード (0,0) 207.7 Hz  の1/2の振動数で、中の空気のヘルムホルツ 共振現象 が発生する・・・と考えて良いとおもわれます。

 

すなわち、 仮説  とは、

 

400 Hz 付近 に発生する  表板(Top) の 共振モード  (1,0)   は、表板(Top) と ギター胴内の空気の ヘルムホルツ共振現象 との 相互作用 で 発生する。

200 Hz 付近 に発生する  表板(Top) の 共振モード  (0,0)   は、 表板(Top)固有 の 板の共振特性   によって発生している。

100 Hz 付近 に発生する  表板(Top) の 共振モード  (0)   は、表板(Top) と ギター胴内の空気の ヘルムホルツ共振現象 との 相互作用 で 発生する。

 

と言うものです。

 

表板(Top)の共振に現れた、最も低い周波数 の謎が解けたような気がします。

 

すなわち、タップトーン (叩いた時の音) に現れた 最初のピークの周波数  107 Hz  や、

下記に再度示した、表板(Top)の共振点 モード (0)  103.8 Hz   は、表板(Top)固有 の共振点 モード (0,0) 207.7 Hz  の1/2の振動数で発生することが、はっきりと説明できます。

アニメーション モード名 振動の様子 このギターの Top 共振点    Top 共振点の振動数  
モード (0) サウンドホール辺りを最大にして、

表板(Top) が上下に激しく振動する

G#2 103.8 Hz

 100 Hz   付近の共振モード が、 ヘルムホルツ共振現象 との 相互作用 で 発生している・・・と言うシミュレーションは、こちらの Dan Russell, Ph. D. Kettering University, USA のホームページにも紹介されています。

ビール瓶 を叩いた時に、どのような周波数の音が出るか・・・について、ビール瓶のヘルムホルツ共振現象 ビール瓶の固有振動数 の関係を調べた実験結果も、こちらで紹介されています。

ギターのボディに於いても、全くこれと同じ振動現象が発生していると考えて間違いないとおもいます。


表板(Top)の共振点を、もう一度見てみましょう  

 上で立てた 仮説 を、実験で検証して見ます・・・ 

 

ここでは、今までに取り上げた2台のギターについて、表板(Top) の共振点モー ド振動数 において、表板(Top) がどのように振動しているか・・・を、もう一度ビデオ映像で見る事にしました。

  をクリックしたご覧下さい

供試ギター

ビデオ映像

 共振点  

ビデオ映像 の様子

この実験から言えること

Yamaha  LS36

G#2

103.8 Hz

■サウンドホールに (厚手のダンボールの裏にフェルト貼付け) をした状態では、

表板(Top) の共振(振動)は発生しない。
 

■途中でを外すと、 100 Hz 付近  モード (0) 共振 が強く発生する。

(A)

 100 Hz 付近  共振モード (0) は、
サウンドホールが無いと発生しない。

表板(Top) と ギター胴内の空気のヘルムホルツ共振現象 との 相互作用 で 発生している。

G#3

207.7 Hz

■サウンドホールに をした状態でも、スピーカーの音量を上げると、

 200 Hz 付近  モード (0,0) 共振 が発生する。

 

■途中でを外すと、モード (0,0) 共振 は、更に強く発生する。

 200 Hz 付近  共振モード (0,0) は、

サウンドホールが無い状態でも発生するので、

表板(Top)固有 の 板の共振特性

によって発生している。

■サウンドホールに をした状態でも、その状態を長く続けると、

 200 Hz 付近  共振モード (0,0)パターンは、はっきりと現れる。

■サウンドホールに をして、スピーカーを離れた位置から鳴らしても、

 200 Hz 付近  共振モード (0,0)パターンは、はっきりと現れる。

GR-KIT-W

A3

220Hz

■形やサイズの違うギターでも、 200 Hz 付近  には、

共振モード (0,0)パターンは、はっきりと現れる。

■サウンドホールに をした状態でも、スピーカーの音量を上げると、

 200 Hz 付近  には、モード (0,0) 共振 が発生する。

 

■途中でを外すと、モード (0,0) 共振 は、更に強く発生する。

A2

110Hz

■サウンドホールに をした状態では、表板(Top) の共振(振動)は発生しない。
 

■途中でを外すと、 100 Hz 付近  モード (0) 共振 が強く発生する。

上記の(A) と同じ

 

 この実験から、仮説 は正しかった・・・といえる結果が得られました。


ここまでの状況を整理してみましょう  

ギターの形やサイズが違っても、ギターの表板(Top) には、 共通した共振モード  があることが分かりました。

その、 共振点  は、ギターの形やサイズ、材質・・・などによって、微妙に変わるとおもいますが、

ギターから発せられる  音の大きさ  は、その  共振点付近で大きくなっている ・・・  事も分かりました。

アニメーション モード名 振動の様子  共振点の振動数  
モード (0) サウンドホール辺りを最大にして、

表板(Top) が上下に激しく振動する

 100 Hz 付近

モード (0,0) の 1/2 付近

モード (0,0) 表板中央部・ブリッジ辺りを最大にして、

表板(Top) が上下に激しく振動する

 200 Hz 付近
モード (1,0) ブリッジを境にして、

表板(Top) の上半分と下半分が交互に上下に振動する

モード (0,0) の 2倍 付近

高次のモード 表板(Top)の特定の部分が振動する もっと高い周波数

 

何となく、単純な答え・・・かも知れませんが、こういう結果となりました。

 

下のグラフや波形は、今までに何回も出てきましたが、上の 共振点モード と見比べて頂ければ、良く理解できるとおもいます。

音の波形


 

お聴きください


下のグラフは初めて登場しますが、こちらの計測で出た紅茶の葉縞模様の強さを、  振動パターンの強さ  としてグラフに描いてみ たものです。

 

 強い縞模様または全部なくなる---16 点、はっきりした縞---8 点、部分的に集まる(縞あり)---4 点、部分的な振動は見える---2 点、振動は目では見えない--1 点、

 

  モード (0)     モード (0,0)    モード (1,0)  

 共振点付近では、大きな音が出るのに、何故、音色が損なわれてしま う・・・

 

次章以降では、音色が損なわれてしまっている原因の追求などに迫ります。


この続きは、続き(8) をご覧下さい

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ギターボディー 振動の力学 続き(8)

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Updated:2007/2/4