より良い音を求めて 表板、裏板の厚さと音質について

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 バイオリンキットVK-1やV-Kit-1など裏板がある程度削られている物、或いはVK-2の様に全く裏板も表板も削られて
いないキットからバイオリンを製作する時に、最も気になるのは板厚をどの様に削ったら良いバイオリンが出来るかと言う
事と思います。

 そこで、多少なりとも参考にして頂く為に、文献の一部を日本語訳でご紹介します。
これがすべてでは無いと思いますが、是非一つの参考として見て頂ければと思います。

 この文献によりますと、裏板についても板厚に付いて触れていますが、バイオリンキットVK-1やV-Kit-1などの場合、
裏板は既にリブ(側板とブロック)に接着されてしまっていますので、裏板単独の調性(振動音)を確かめる事が出来ません。

もし、裏板単独の調性を確認をしたいと言う事であれば、裏板をリブから外して見ても面白いかも知れません。
ただし、裏板を外す場合は、その前に必ずダミーとなる表板をベニヤ板などで作って、それを表板の上下ブロック、
及び4ケ所のコーナーのブロックにニカワで仮接着してから、外して下さい。さもないとリブが形を成さなくなってしまいます。


裏板を外す場合は、パン切りナイフのような物を裏板とリブの間に差し込んで、お湯を筆で流し込みながら丹念に接着を
外して下さい。

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紹介文献

The Violin by Sourene Arakelian(1887-1979)

 著書:Percepts and Observations of a Luthier, My Varnish, Based on Myrrh

 Published by Das Musikinstrument Frankfurt am Main

 "The Belly and the Back of the Violin-their Thicknesses and Tone Quality"

  表板、裏板の厚さと音質について

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バイオリンの木目の外観は当てにならない。バイオリンの表板を作る樅の木材はストレートの木目を持っていなければならないと言うのは余り当てにならない。なぜならば外見上は良くても鳴り響かない物は沢山有る。イタリアのオールドバイオリンの幾つかは論じられる外観よりはごく普通の外見で作られている。しかもこれらのものは不完全で不規則な木目にもかかわらず賞賛に値する音を出している。撥弦楽器に使われるレバノンシーダー(西洋すぎ)やそれに類する木材は木目は不規則であっても素晴らしい音を作り上げている。

中略

昔の名工達の作った作品の木材の分析は良い音色を出す材料の手掛かりになる。

ストラディバリのバイオリンの多くの表板の厚さは2−3mmであり一般的な固有振動は高い所に有る(F,F#時にはG)。この様な薄い材料で高い固有振動を得るためにはやや堅く高い調性を持つ特有の樅の木材を使用する必要がある。

この系統の材料は今日も知られている。”Watered”樅の木として知られているものである。普通に使われている材料より軽く繊維が不規則に絡み合っていると知られている。その音色はクリャーで明るく同時に深みが有る。クラシカルイタリアンとして知られているこの軽く強い材料を用いる事によって駒の下の厚みを2mmという薄さでうつろな音にならない楽器を作る事が出来る。シーダー(西洋すぎ)も古くから名工達によって使用されて来た。

メイプルは裏板、リブ、ネックの最良の材料である。もし、多少明るさに欠けても暖かみのある音色の楽器を作るにはウォールナットの裏板も良い。この材料も古典イタリアンでは使用されていた。

バイオリンの音色は材料の質、表板裏板の厚さ、板厚の配分、この両者の相互関係で決まって来る。それでは名工達はどうやって板厚をきめていたのだろうか。

量産の工場製品では板厚は材料の剛性や堅さに無関係に製造ガイダンスとして決められている。これは全くの間違いである。同じ材料から同じ方向に切り出した材料でも違った剛性と堅さを示す。

中略

最も最適な板厚を見つけ出す方法は表板、裏板の調性を知る事である。

個々の材料や表板、裏板はそれぞれ固有の調性を持っている。堅さのみ違っている同じ長さ、厚さ、巾の2枚の樅の板を糸で吊るし指で叩いて見ると堅い材料の方が高い音をだすでしょう。次に、全く同じ材料から同じ方向に板厚の違う2枚の板を切り出して同じ事をやって見ると薄い方が低い音を出すでしょう。

極希の例外を除いてクラシカルイタリアンの物のバスバーの付いた表板はEより低いもの、あるいはGより高い音の物は観察されなかった。この二つの音の範囲がまろやかな音の一つの指針となっている。

実例を示そう。バイオリニストが自分の楽器がシャープな金きり音と不平を言っていた。リブから表板を外して調性を調べてみたらG#であった。これはほぼ上限に近い値である。もしこのバイオリニストが金きり音を減少させたいのであれば表板の厚さを減らしてGより低い調性にする事や、軟らかで深みの有る音色を望むのであれば表板の調性を下げるだけでなく裏板も下げる事が良いと考えられる。

もう一つの例として。職人が新しい楽器の注文を受けた。注文者は大きな音量より、室内楽向けの甘く深く暖かみのある音色を望んでいる。この様な場合製作者は表板の調性をEあるいはE−Fに仕上げるべきである。

表板の調性だけではバイオリンの音色は決められない。もし表板がFの調性で仕上げられていたとしたも、

  1. 裏板が表板と同じ調性に仕上げられた時は表板の音色を反映し
  2. 例えば裏板がF#に仕上げられると明快で明るい音色になる
  3. もし裏板がEのように低い調性の場合は表板の音色を和らげ甘い音色になる

バイオリンの音色を決める要素はそのほかに

  1. 表板、裏板の厚さの分布
  2. イタリアンスタイル、フレンチ、チロリアン、ジャーマンなどそれぞれに違っている曲面の形状
  3. ネックの角度
  4. 駒、バスバー、魂柱
  5. ニスと仕上げ

したがって、職人達はさまざまな問題に答えを出さなければならない難しい仕事をしている。

私の国で有名な職人がストラディバリを開けるチャンスが有った。驚いた事に表板の最も厚い部分は駒の位置では無く駒とテールピースの中間であった。これが”ストラディバリの秘密”の一つと思い込みそれ以降彼は表板の厚さ分布をそれに倣って製作している。また別なチャンスにストラディバリを開けるチャンスに有った彼はまたびっくりした。今度は駒とF孔の間が最も厚かったのである。

左様に”ストラディバリの秘密”とは言い表しがたい物である。全て使用している材料の調性で個々にきまって来る物である。

クラシカルイタリアンの良く鳴る楽器を調べて見ると表板は良く振動するように極力薄く仕上げられている。ストラディバリも2−2.5mm程度まで表板全体を薄くする事に躊躇しなかった。しかしもともと調性の低い材料で製作する場合は表板の厚さは3.5−4mmは残すべきである。もし4mmが厚すぎると思われる場合は駒の部分はその厚さにしておき縁に向かって徐々に厚さを薄くして行けば良い。このやり方には二通りのやり方がある。

  1. 一様な厚さの表板と駒の部分が最も厚く縁に向かって薄くなる厚みの変化をもつ裏板の組み合わせ
  2. 表板、裏板とも厚み変化を持っている組み合わせ

クラシックイタリアンの製作学校が、高い調性の材料の場合、薄い一様な厚さの表板を製作し、低い調性の材料では厚み変化のある表板を製作したかの理由がここに有る。

チロリアンでは表板、裏板ともに厚み変化を付けて製作している。駒の下の厚みと縁の厚みには大変な差がある。チロリアン(ジャーマンの大部分も)の一般的な原則は駒の下を通る中心線上が最も厚く縁に向かって薄くなる。この結果調性の低い材料を使用した場合はその結果はフルートのようなかんだかいクリアーな音色になり勝ちである。この場合中心線付近の余分な板厚を削る事によって修正が可能である。表板の中心線上の極端な板厚を取り除く事によって広く一様な表板の振動を得る事が出来る。

フレンチスタイルでは違った厚さの勉強には多少贅沢である。しかし残念なことに彼らはジャーマンやイタリアンの人たちの様に良い材料を手に入れることが難しい。

職人達は自動車の量産工場で使うような常に一様な材料を手に入れる事は不可能である。

全てのバイオリンは職人の個人の技量の創造物である。彼らは材料を手にした瞬間にどの様に仕上げるかを考えている。相当数のイタリアンの職人達が製作してバイオリンが開けて調べられたがどれ一つとっても厚みの決まった法則を作る事は出来なかった。一方同じ職人の物を調べて見ても厚みはそれぞれ違っていた。すなわち材料の調性がすべて違っている為である。もし調性が高ければ板は薄く、低ければ板は厚く作られたに違いない。

一般的に板厚には上限と下限がある。樅の木の場合駒の下の厚さは4.5mm、縁の部分は2mmが限界である。メイプルの場合は駒の下で5mmから3.8mm、縁の部分で2mmが限界である。この限界値は実際の実験から得られた値である。

  1. 最も柔らかい樅の木で4.5mmを超える厚さの表板の物は、か細いシャープな薄い音色になる
  2. 最も堅い樅の木でも2mmより薄い表板は余りに剛性が少ない。表板が変形してしまうばかりでなく、むなしい空虚な音になってしまいスケール上で同質の音質が得られない。

サバールによれば”表板の厚さは材料の質によって決められるべきである”。彼は結局” 表板の厚さは材料の調性によって決められるべきである”と言う同じような事を言っていた。

詳細について実験をして見て下さい。次の点を忘れないようにして。

  1. 表板の厚さは4.5mmより厚くなく、2mmより薄くない事
  2. バスバーの付いた状態の表板の調性はGより高くなく、Eより低くない事。ある特別な樅の木であればD#程度まで調性を下げる事が出来るが一般的にはEまでが好ましい。

板厚を薄くして行く場合は最低の部分でも2mm以上有り、バスバーが付いた状態で調性がEより上にある必要が有る。さもないと音は空しい空虚な音になってしまう。

巾の広い木目で柔らかい樅の木の場合、駒の下の部分で4mmを確保するとようやくEの調性が選られるでしょう。この様な場合これ以上薄くする事は得策では有りません。「逆は真なり」です。大変堅い樅の木の場合は調性がEまでは下がらずに板厚を2mmまで薄くする事ができる。

表板と裏板の調性の組み合わせでバイオリンの音色を決める事が出来る。強く明るい音色のバイオリンを作る場合は上限をGまで上げることが出来る。これはソリスト用バイオリンの場合などに摘要される。

表板の厚みを削り調性が決まったら基本の音の倍音を調節する事が出来る。駒の下の均等な位置を叩くとF#の音を聞く事が出来る。更にわずかに薄くして行くと高い倍音が無くなり低い倍音が良く聞こえて来る。この様に低い倍音が優勢な表板は深味のある良い音となる。

大抵の名工のバイオリンのコピーは目による外見のコピーで有って耳による音質のコピーでは無い。音質をコピーする事こそ真の職人の魂である。この芸術が出来る為には職人は良い耳を持つ演奏者であるべきである。さらに材料の質選び、古い材料の調達方法、調性を決めの能力などを習得する必要がある。

板厚は寸法だけ真似しても全く無意味である。板厚を決める最大の要素は材料の調性である。

 

訳者注釈:調性とは、俗に言う「タップトーン」です。また、「樅の木」と有るのは「スプルース」とお考え下さい。

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工房ミネハラ
Mineo Harada

Updated:2000/4/15